戦国一の知略とも評される軍師・黒田官兵衛のゆかりの地をめぐる

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黒田官兵衛(黒田如水)ゆかりの地リスト

黒田官兵衛のゆかりの地を、地域別にご紹介いたします。

黒田官兵衛を生み育くんだ播磨国(兵庫県)

黒田官兵衛誕生の地は播磨国の姫路、現在の兵庫県姫路市です。当時の播磨国には官兵衛一族が仕えた小寺政職、赤松政秀といった大小の大名が群雄割拠していました。

「広峯神社」「御着城址」「姫路城」「増位山随願寺」「心光寺」「青山古戦場跡」「黒田家廟所」「書写山圓教寺」「国府山城址」「黒田職隆廟所」など、現在も官兵衛が若き日を過ごした数々のゆかりの地が残されており、全国から歴史ファンが足を運んでいます。

黒田官兵衛ゆかりの地/兵庫編

軍師として活躍した近畿・中国の国々

羽柴(豊臣)秀吉の軍師として活躍した官兵衛は、秀吉について近畿・中国地方を駆け回ります。

さらに秀吉が織田信長から「中国攻め」を申し付けられたこともあり、生国の播磨国を中心に様ざまな活動を行い、軍功をたてることになります。

中でも有名なのは、備中高松城攻略です。官兵衛は毛利氏の部将・清水宗治が守る高松城を水攻めにし、見事に城を落としたといわれています。

黒田官兵衛ゆかりの地/大阪・京都編
黒田官兵衛ゆかりの地/中国・四国編

晩年を過ごしたのは九州・福岡

ほぼ天下統一を成し遂げた秀吉は、官兵衛に馬ヶ岳城をはじめとする豊前国の中の6郡、約12万石の領地を与えます。官兵衛はその直後に中津城の築城を開始。人生の後半を九州で過ごすことになります。

秀吉の死後に勃発した「関が原の戦い」では九州の大名を次々に攻略。その功績により、徳川家康から上方での加増が提示されますが官兵衛は辞退。その後は中央の政治に関与することなく、再建に努めた太宰府天満宮内には草庵を構えるなど、悠々自適な生活を送ったそうです。

黒田官兵衛ゆかりの地/福岡編
黒田官兵衛ゆかりの地/大分・熊本編

 
黒田官兵衛(黒田如水)ゆかりの地めぐりガイド