戦国一の知略とも評される軍師・黒田官兵衛のゆかりの地をめぐる

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九州攻略後、黒田官兵衛が築城し、初代城主となった「中津城」ほか、ゆかりの地をたどります。

豊前国・初代中津藩主は黒田官兵衛

黒田官兵衛は、天正14年(1586年)、大友宗麟からの要請で、豊臣秀吉による九州平定の先発隊として活躍。各地での戦勝に貢献しました。

九州平定後の翌年、この功績が認められた官兵衛は豊前六郡を与えられ、統治の拠点となる中津城の築城を開始。初代中津城主になっています。しかし、城は完成したものの中津を統治するのは容易ではなく、豪族との争いでは苦労を強いられたそうです。

官兵衛が居住していた中津城ですが、現在の天守閣や櫓は昭和時代に建てられたもので、石垣とお堀が当時のままで残っています。

平地に立つ中津城は敵に攻められやすいため、官兵衛は山国川の河口を巧みに利用し、城の周辺を水で囲み、自然の要塞を完成させました。石垣は当時最も優れていたという「穴太積み(自然石をそのまま積み上げる方法排水性に優れており頑丈)」。大きな石がしっかりと組まれていて、頑丈で美しい姿を今も見ることができます。

黒田官兵衛と九州での「関ヶ原」を戦った加藤清正

播磨から九州に移り住んだ官兵衛は、「関ヶ原の戦い」において、九州の西軍を押さえる役目を買って出ます。居城・中津城の財産を投げ打ち、農民から浪人まで約9000人を兵士とし、かつての九州征伐で秀吉から肥後を拝領していた加藤清正と共に、西軍の武将たちを次々と陥落させていきます。

その清正が築城したのが「熊本城(別名:銀杏城)」です。1591年(天正19年)から茶臼山丘陵一帯に城郭を築きはじめ、1600年(慶長5年)頃には天守が完成しています。清正は「築城の名手」といわれ、特に石垣造りを得意としていました。有名なものは「武者返し」と呼ばれる石垣で、最初は緩やかな勾配なのですが、上に行くにしたがって垂直に近くなる構造になっています。つまり敵が攻めてきても、石垣に登ることが困難だということです。

現在は、宇土櫓をはじめとする11棟の櫓、長塀、不開門が国の重要文化財に、城跡は特別史跡に指定されています。また近年復元された大・小天守のほか、本丸御殿大広間などを含め、見学することが可能です。

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2014年のNHK大河ドラマに黒田官兵衛が選ばれたことから、中津城のある大分県中津市では、観光に力を注いでいます。市内には豊前国中津の領主・官兵衛が築いた「中津城」をはじめ、官兵衛が姫路から住職共々中津に持ってきたという、ゆかりの寺「合元寺」などの史跡があります。

なおこの寺は、官兵衛が前領主の宇都宮氏を討ったため、その家来たちが立てこもって戦ったといわれています。結局、宇都宮軍は全滅。切り合いで寺の壁は赤く染まったそうです。その後、壁は白く塗り替えられましたが、何度塗っても赤い血の色がにじんでくるため、壁は真赤に塗りかえられたという伝説が残っています。

また熊本県は「関ヶ原の戦い」で官兵衛と共に西軍を退けた加藤清正のお膝元。「熊本城」ほか、ゆかりの寺「本妙寺」といった名所旧跡が点在します。

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